書きたいことざっくりと(仮)

妻社長、オレ従業員、子1人、犬一匹。

「ヒャダイン」より「ブリザガ」

なんのこっちゃわからないタイトルだが

前山田健一は関係無い。

要するにドラクエとFFを絡めた内容なので

こんな感じ。


皆さんはどちら派だっただろうか。


子供の頃私は何となく周りと自分の違いを

感じてて「みんな」とは

合わないな〜

わからないな〜

と心の中でよく思っていた。


それは時にとても心細く不安にさえ

感じていた。


小学生のある日のこと

仲の良い数人で来年のカレンダーの

話をしていた。

「5」のカレンダー買った?

という内容の話だった。

「5」とはその当時リリースされたばかりのゲームソフト「ドラゴンクエスト5」である。

私も「買ったよ〜」と答えた。


しかし私は「ファイナルファンタジー5

のことだと思っていた。

ご存知の方は理解出来るだろうが

同じRPGゲームであってもベクトルが異なる2作品なのである。


 ドラクエのイラスト、キャラデザは

言わずとと知れた鳥山明

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FFは天野喜孝

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シールが付いててとかモンスターの話から

すぐにFFではないことを理解した。

誰が考えても小学生が買うのは

圧倒的にドラクエだろう。

売る側の立場になって考えてみても

FFの天野喜孝カレンダーは小学生を

ターゲットにはしてないことが想像できる。


しかし私には天野喜孝の方が魅力的だった。


でも当時はそういうことがとても恥ずかしく

時にひどく落ち込んだりもした。


だから理解出来ない周囲を必死に観察し

傾向と対策を立てて

興味ないもの

共感し難いものを追いかけた。


そしていつしか主語が「私」ではなく

「みんな」になっていた。


そんな自分に嫌気がさして

「何でいつも私は…」なんて思っていたけれどもそんな自分も唯一無二の「私」であって

他人の過去や話など往々にして

人は覚えていないし聞いてもいないもので

結局のところ楽しさに夢中になったものが

勝者なわけで。


何にでも理由や名前をつけることに

意味は無く可視化させてしまえば

何となく理解出来るような気がするだけ。


飲み会の酩酊も然り

若さゆえの過ちも然り

名分が与えられてしまえば

許されてしまうもので…

そう考えると世の中は意外と許しに

満ち溢れているのだなと思う。